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今日もいちにち元気よく。
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三年ぶりの投稿でした

小沢健二が帰ってきてくれました!
奇しくも?私の誕生日に、19年ぶりのシングル「流動体について」をリリース。
Mステはじめ、テレビに出まくっています!
CDはウィークリーでなんと2位!

こんなことになるなんて、誰が予想していたでしょう?
先月の今頃の自分でさえ、予想もしていませんでした。人生って面白いものです。

新しいシングルは、本当に美しい言葉で哲学を説いた掌篇に小沢健二らしいポップなメロディが乗っていて、私が参加したライブ「ひふみよ」での新曲「シッカショ節」などとは違って、本当に「帰ってきた」と思えるものです。

「ひふみよ」の小沢は、いうことがなんか偏った感じがして、受け容れられない気がしていましたが、今回見る小沢は、言うことも「日本が、西欧化してない国がそれぞれ美しい」「消費される自分に疲れ、もともと勉強したかったアメリカに行った。投資されている身は辞めるというのも難しくて大変だった」など、ひねくれてもいず素直にこちらの胸にストンと落ちました。
なんだろう、やっぱり子供が出来て丸くなったのかな?(夫なら絶対にそういうだろう)

大人になってから出会った分、熱狂的な信者にはなれなかったし、まして「王子様」と思わなかったけれど、多くのファンがそうであるように、彼の歌詞でかなり救われてきた私は、また彼を味わえることにとても喜びを感じています!
そして、「喜びを他の誰かと分かり合う!それだけがこの世の中を熱くする!」たいので、ぜひツアーをしてください!

まだまだテレビ出演はあるようです。この時が二度とないかもしれないことを、わたしはもう知っています。じっくりとこの時間を楽しみ、味わいたいと想います。「一度しか人生は生きられない(小沢健二の「スッキリ!」での言葉より)」のだから。
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昨年の成人の日は大雪で本当にえらい目に遭った記憶があるが、本日はそれを上回っている。
朝から寒い!雪が降る!まるで吹雪のようだ!
もう10㎝くらい積もった感じ。

所用があり外出せざるを得なかったのだが、いやあ辛かった。
もっと雪が溶けているだろうと思った駅の近くでも、白い。そして滑る。

家の近所は雪かきをしたのだが、あっという間にまた白くなってしまう。
喜んでいるのは「(雪が降るのを)祈っていた」という娘ばかり。
アメリカのときに買ったスキーウエア様の上下雪服(すでにサイズアウトしているような気がするが、無理矢理着ている)で、雪だるまを作って喜んでいる。

そしてさらに悪いことに、珍しく朝から熱があるとかいう人がいて、急いで内科に送り込んだら、見事A型w(もちろん血液型ではない、香港型である)
我が家は隔離するスペースがない(っていうか私一緒に寝ているしorz)ので、とりあえず寝てもらって、あとは娘と私の免疫力に期待するのみである。

まあ、たまにはこんな休日もいいか。
それにしても昨日のうちに期日前投票を済ませた私は勝ち組!



…追伸。
この雪が13年ぶりの「大雪警報」だというのだが、前回がどんなだったか忘れているので、『東京だるま大学』で振り返ってみた。


曰く
「2001/1/21

前日の雪で朝から雪かき。にしても、その後でかけてわかったのだが、お店なのに『店の前の雪かき』ができてないところが結構ある。こういうの、昔は「常識」だったはずだ。なんで『自分さえよければいい』になってしまったんだろう。実際、雪かきをしてないことで迷惑を蒙るのは自分たちの店だろうに。

そんなわけで、雪が溶けたと車で出かけたのだが、帰りに首都高で滑って壁に激突!『ああもう死ぬのか~』と一瞬あきらめたが、よくわれに返ってみると、相方ともども無事だった。

壁にぶつかったときに、後続の車が突っ込んできたら、これしきではすまなかったと思うのだが、直前が事故渋滞で、誰もスピードを出していなかったことが幸いしたらしい。本当にラッキーだった、とほっとした。」



というわけで、おヴァカなことをやらかして人に迷惑をかけていたことがわかった(汗
他人の雪かきなんざ批判していないで、てめーが車に乗るのをやめろと小一時間ry
あれから13年、多少人間もできた…と思いたい。



ところで午後7時現在で17㎝積もったそうなので(東京都心の記録)、昨年の8㎝は余裕で上回ってしまった。
明日みんな選挙行けるかなあ。





尿がにおいませんか?!

ちょっと食べただけでも臭うのだけど、誰に訴えても誰も同意してくれないので、私がおかしいのかと思っていたら、こんな記事が!!

URLからしてまんまだw

アスパラガス食後の尿の臭いを嗅ぐことが「できる」のは能力だったのですね!!!
そしてそれは遺伝だと!!!

自分が22%に入っていて嬉しいような悲しいようなw

同じ能力を持つ方はぜひご連絡くださいw
一緒に地球を守りましょう!(なぜだし)
さっき書いたレッドソックスの記事の続き。

というわけで、昨日私は夫にスポーツ新聞を買ってきてもらった。
そう、スポーツ新聞にはほとんど夕刊がないということを知らなかったのだ。
今日資源ゴミに出した。
リサイクル。


今日は載っているだろうと、早速ながらコンビニに行ってきた。
もちろんレッドソックスの帽子をかぶって、である。
この帽子はそのフェンウェイでの観戦の際に必要で購入したものなので、
いわば「オフィシャル」である!!!!

いくら顔見知りのコンビニといえど、「B」の帽子をかぶったデヴなすっぴんBBAが、いつもしないような「スポーツ新聞大量購入」などという暴挙に出ればどう思うだろう。…別にどうも思わないだろう。
しかもくじやってて、梨のアイス当たっちゃった☆

さて買ってきた新聞は以下の通りである。

東スポ…一面(裏が山本太郎なのが保存に邪魔だ!)
サンスポ…一面(中に田澤の記事もある。ありがとう!でも「号泣」て書いてあるけど泣いてないと本人が「とくダネ」で言ってた)
スポーツ報知…22面(一面は「おお上原か」と思って買ったら「原(監督)」だった。ぶれない)
東京中日スポーツ…7面(一面は見だしだけあって、中日の記事。ぶれなすぎる)

これからゆっくり読みますwリーグ優勝のときは日本シリーズも山本太郎もなくて上原一辺倒だったんだけど、げん担ぎで買わなかったんだよな…でもげん担いでおいて良かった☆
私はスポーツが嫌いなので、カテゴリーに「スポーツ」っていうのがなかったw
今後東京オリンピックも見据えて、作っておくべきかな。
(それまでブログ続けるつもりなのかよ!!!)


さて、レッドソックスがワールドシリーズを制して一晩たった。
いや~本当におめでとう!
でもって嬉しい!!!
ここ数日(地区シリーズあたりから)は午前中なぜかおたけびが聞こえて、ご近所の方も迷惑していたに違いない。申し訳ない。

私がレッドソックスを好きなのは、ボストンに住んでいたからで、それ以外のなにものでもない。

去年はレッドソックスなにそれ?と言っていたことは内緒だw(ボビー・バレンタインが監督だったせいで、地区最下位だったのだ)

日本にいると、なかなかレギュラーシーズンの試合も見られなかったが、見られるときは今年は見たw
9月ごろの夫へ出したメールには

「地区優勝くらいはできるといいね」

と書いてある。弱気であるw(すでにその時レッドソックスにはマジックがついていたのに)
そうそう簡単に優勝できないと思っていたのだ。
いやヤンキースが自爆してくれたのはいいんだけどね?

在住時にはフェンウェイに野球を見に行ったことがある(当時イチローが在籍していたマリナーズ戦だった。
しかし娘がぐずったため、最後まで観られなかった。とっても残念である)
だから多少は雰囲気も知っていたし、ホームで優勝してくれたらな…と、勝ち進むにつれてそう思うようになっていた(だから家で出す声がでかくry)

地区リーグのレイズも強かった。
リーグシリーズのタイガースも強かった。
なんで勝てているのかよく分からないときもあった。
カーディナルスはもちろん、どこも先発がよくて、打ち崩せる気がしなかった。

でもレッドソックスは、あのひげに象徴されるように、チームワークがひと味違ったような気がする。
投手を助ける守りが堅い。
ビッグ・パピのあり得ない打率。
ゴームスのここぞというときの一発。
そしてそして上原。と田澤。
あんなに監督に信頼され、それに応えた投手はいなかったのではないだろうか?
特に上原はチームメイトにも愛され、勝って終わった時のナポリとのハイファイブと
オルティーズに抱え上げられる、ってのが恒例になっていたし。

今年は、4月にボストンテロがあって、ボストンが(悪い意味で)注目されてしまった。
今は、良い意味で注目されている。
今年のワールドチャンピオンがボストンレッドソックスでよかった、と心から思う。

B strong!

全然音楽じゃないんだけど、対象とする人がミュージシャンなので。

小沢健二さんちに男の子が無事にうまれたそうである。
発表が早かったので「大丈夫か?」と一応心配していたのだが、これで一安心。

しかし。
オフィシャルサイトで発表された名前は。

凜音(りおん)…(あら、ATOKで一発変換だわ。よくある名前なのかしらん。)

どうなんだこの名前。DQNネームではないけれど、厨二病こじらしちゃったっていうか、なんていうか…小沢さんのネーミングセンスに期待していただけに、がっかりである。
自分が「健二」だから、もっと華々しい名前にしたかったのかなー。
スペイン語の「Rio」に通じますっていうのもなんか後付けぽいしなー。漢字の説明も長いし。
「凜」という字は「り」とは読まないと思うし。つうかぶった切り読み?
「りんね」ちゃんという女の子だったらまだよかったような気がするけど…

私からしたらマイロもリオンも大して変わらんぞ!(分かる人にだけ分かればいいby花巻さん@あまちゃん)
その1を書いてしまったら実はそんなに書くことがなくなってしまったのだが(^^ゞ、その後のご報告を。


荷物はだいぶ前に詰めてあったのだが、土日をかけて確認、そして子どもは「ガーゼがないと眠れない」(笑)体質のため(それも使い古したきったねーやつを何枚も。さすがに持って行けないので)代替物を発掘しつめて、当日を迎えた。


私は緊張しいなので朝5:30に起きればいいのに2時とかに目が覚めてしまうし。
当日までにすることと当日にすることをすべて紙に書き出してあったので、完璧!…なはずだったw
しかし張り切って起きた子が自分は朝食をちんたら食べているくせにせかすせかす(笑)

酔い止め(念のため)も飲ませて出発!
なんか時間が集合時間より早いんだけど出発!
なお、本日弁当を作る必要がないので親ははやく起きるだけ。楽!
なぜか昨年の報告に「おうちの方に見送られて出発」とか書いてあったので_| ̄|○見送らないとだめなのね…と一応付いていく。

学校について気付いた。最後のトイレ、行かせてなかった…_| ̄|○_| ̄|○
学校に駆け込む子たち数名(^^ゞ



子の荷物は他の子に比べると異様にでかかった。まあ、メインの荷物は動かさないからいい、としよう。
サブの荷物もでかいのだが…まあ、本人がこれでいいって言ったんだからいいとしよう。

そんなこんなで出発式、バスまでお見送り(なぜなんだし。でもサイトの昨年の報告に書いてあったし。暇だし)。別れを惜しむ間もなく出発。



私は帰ってきて楽々と二度寝をしたのだった(今の時間までしてたのではない。念のため)

しかし最近の小学校は本当に親切である。サイト上で、数時間間隔で今彼らが何をしているか更新してくれる。おかげで元気そうで何より、と安心できる。

反省点は、来年は(来年も場所を変えるものの移動教室があります)トイレを忘れずに、あとサブの荷物は小さくしよう、以上です。
このシリーズ、その3があるかは不明。本人が帰ってきていろいろ話してくれたらあるかもしれません。
子どもが来週から移動教室である。
移動教室というのは、宿泊合宿みたいなもの。途中登山とか、キャンプファイヤーとか、きもだめしとかあるらしい。

さてその準備をだいぶ前から始めているのだが、結構物入り_| ̄|○
・一リットル入る水筒(直飲みではなくてコップ式)
・長ズボン数本
・エチケット袋三つ以上

などなど、一つ一つは大した値段ではないのだが、買い始めたら結構なお値段になってしまった。
だいたい、メインの入れ物「ボストンバッグ」も持っていなかったから買ったし。

合宿そのものは、子どもは歌って踊る団で年長から経験しているので、慣れているし心配もしていないのだが、なにせ登山である。登山など遠足以外でしたことがない。軍手が必要なほどハードなんだって!

それにかわいいお姉さんが面倒をみてくれる(歌って踊る団の場合はお姉さんが親切に面倒を見てくれる)わけではないので、タオルを干すとか、布団を敷くとか、そういう基本的な作業ができるのかどうかひっじょーーーに心配だ。

とりあえずボストンバッグとリュックとに、自分で名前を書いた(これも実は結構時間がかかる。私がやってしまったほうがずっとはやい)荷物を詰めさせてみたのだが、これでいいのか。


先週の運動会で、結構たくましくなった子どもの姿を見てはいるので、実際は心配ないんだろうけど…なんか忘れたとか、なんかできなかったとか現地で「心が折れる」のではないかと親は過剰反応している。

いつかこういう日が来るだろうと思っていて、でもそれができるだけ遠くであってほしい、という日が来てしまった。
茂山千作師、死去。93歳。
死因は肺がんとされているが、実際にはその日までは元気にテレビを見たりしていたのが、突然苦しみだして、寝込んだところいつの間にか息をしていなかった、ということらしい。大往生と言えるだろう。

私は萬斎さん(万作の会)を好きなのと同じくらい、茂山千五郎家も好きで、あまりない東京での公演は結構行っていた。
なかでも一番はやっぱり千作さんで、いつかのパンフにあったけれど「うごくビタミンC」というのは本当で、姿が狂言そのもの。舞台に立たれるだけで嬉しくて楽しくて、そして暖かい気持ちになる、そういう方だった。
ずいぶんたくさん観たつもりだったが、子どもが生まれてからすっかり遠ざかってしまい、最近拝見していない、ご健在なうちにもう一度舞台を観たい…と思っていたところ、かなわぬことになってしまった。
最後に観たのは、どうやら
20年ぶりの唐相撲だったらしいので、やっぱり私は観客としては幸せだったかもしれない。

そしてテレビで拝見したのは、なんと先週の土曜日「和らいの食卓」という、茂山家の食卓を紹介する番組だった。酸素吸引こそしていたが、そして耳がだいぶ遠いようだったが、元気に食卓(しかもすき焼き!)を囲み、狂言について大声で(耳が遠いせいか)語る姿は、茂山千作ここにあり、を思わせた。まさかそれから一週間も経たないうちに訃報に接するとは…

心からお悔やみ申し上げます。どうかこれからの狂言界を(私が言うのもおこがましいですが)見守ってください。
そしてこれからも、やっぱり私は狂言を観てゆこうと思います。まず時間を作らなくては!
本日は大学の恩師が米寿を迎えるというので、そのお祝いの会でした。
教え子がなんと81人も集まって、それは盛大な会でした。
私の同期も、卒業以来じゃ?!みたいな顔ぶれが集まって、それはそれは楽しかったです。

前に書いたと思いますが、恩師は私を国語学の道へ誘ってくださったかたです。
私が以前少しだけその手のお仕事のお手伝いをすることができたのも、このときの学問のおかげです。
今は病気やら育児やらで遠ざかっているのが残念ですが、恩師の教え子の中には
研究の道へ進まれた方も多くいらっしゃいます。
私の卒業論文を指導してくださった先生もそのお一人にあたります。

そんなわけで会はにぎやかに(何しろおばさんばっかりw)先生も冗談を活発に言われ、
例によって(この場合は「例によって」なのです)一高の寮歌を歌われ、本当に楽しく面白く
過ごしました。

会が終わった後は同期との二次会(つってもお茶ですが)
大学時代に戻ったように賑やかに、いややっぱおばさんだからうるさいのか?!それぞれの近況
を話しつつ盛り上がりました。

恩師を通じての一生のつながりっていいものだな、と思いました。
次回は卒寿、二年後です。
先生どうかお元気でいらっしゃいますように。
本日、娘の小学校で「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」ということで、能楽の公演がありました!!(というわけで写真はありませんが
体育館が能楽堂に!
こんな感じで体育館が能楽堂に早変わり!(ここは娘の小学校ではありません。念のため)

番組は「土蜘蛛(能)」と「附子(狂言)」で、来て下さったのがブログの主でもある、皐風会のみなさんと、(囃子方はわかりませんごめんなさい)万作の会のみなさん(深田さん、月崎さん、中村さん)でした~!!

私は狂言ばかり観ていて能はあまり観たことがなかったのですが、綺麗で迫力があり、本当に魅了されました。特に「土蜘蛛」は見せ場があって、わかりやすいからかもしれません。蜘蛛の精が糸を投げるのですが、それが分かる人には分かる「ゴダイゴのモンキーマジック(古)」なのです!w糸を次々投げる蜘蛛の化け物の衣装は綺麗で、姿も華麗でした。今まで能をあまり観てこなかったことをちょっと後悔しました。
筋はこちらです。
狂言は「いつものみなさん(万作の会の狂言か、京都の茂山さんちの狂言にばかり行っていたので)をこんなところで見ることができてうれし~~!!」でした。こちらがあらすじです。狂言のワークショップもあり、子どもたちが茸に!

本当に(興味深いという意味の)面白かったです。子どもの手が離れたら、また能楽を観たいなあ…


そうそう、子どものコメントも楽しみです。金曜日時点では「面白そう!で、萬斎さん、来るかな(来ないよw)」でしたw

付記:帰ってきた娘に感想を聞いたところ、面白かったようです。一度狂言を見せたことがあるのですが、また観たいと喜んでいました。
能や狂言の言葉が難しいので解説を求められたり、「なんで砂糖が珍しいの?」「なんで風を受けたら死ぬの?」と質問攻めにあっています(笑)
ご無沙汰しています。

すっかり年の瀬になりました。
ところで私は靴下を穿いたりスリッパを履いたりするのが嫌いで、裸足で生活しているのですが、冷えます(笑)。
素足でも冷えない方法をご存じの方、教えて下さい!

さて、
今年のまとめなどしてみたいと思います。
大体
夫…海外にいってばかり
私…体をこわしてばかり
子供…コレステロール値は正常ですw
まあこんな感じです。

私の一年はやっぱり病気ばっかりだったようで、
・インフルエンザ→気管支炎→咳喘息
・気管支炎→気管支喘息(と言われているのだがよくわからない。でも気管支拡張&ステロイドの吸入剤をもらっている)
・マイコプラズマを娘からもらう
・夏頃、双極性Ⅱ型の躁状態がピークになり、異様にお金を使う。
おかげで、わけのわからないバッグがたくさん部屋に転がっている(バッグに凝ったらしい。数年前には香水に凝って「訳の分からない香水がry」になったこともある)。
・その後鬱になり、うごけなくなったり人から言われたことでショックをうけたり。
・みたび気管支炎→喘息
・ぎっくり腰…初体験w
・抜歯!
・ノロウィルス(疑)に感染、娘にあげてしまう。

もう今年は特にウィルス系には感染したくないものだ。
無事に終わるだろうか…

来年は、メンタルが少し平坦になるといいなと思ってます。



帰省しています。

ここは今年、毎日「全国高温ベスト3」に入っているほど暑いです。
しかも実家、あるのにエアコンをつけない!
つうかつけてくれるけど設定温度高!
まあ、節電のためにはいいんでしょうけど(TV見ない、くらいしか節電しない我が家w)、危険なので、もうちょっと温度下げてもらいたいですね。

ところで、この地方、方言があるんですが微妙。
アクセントはほぼ(違うのもあるけど)東京と同じ。
でも、私世代じゃなくて、もっとネイティブっていうか、原群馬人みたいな人のしゃべる言葉はよくわからないことがあります。
たとえば
「はあ終わりにすんべーや」(もう終わりにしようよ)
「なっから熱がでたいねー」(結構熱がでたよ」
「たまにはうちにきねーかい」(たまにはうちに来ない?)
…めんどくさくなったのでwこの辺にしておきますが、
群馬弁
「あんこ」と「いちご」はいつも迷うところです(^^ゞ

鼻濁音が存在せず、きつく発音するので、他の地方の方からは、「すごく怖い人」と思われるようです。
そして群馬といえば…
http://matome.naver.jp/odai/2133724113192734101

お久しぶりです。

いろいろ学校関係が忙しくて、こちらに書くことも見当たらず、本当にご無沙汰しました。

ところで、本日私は人間ドックに行ってきました。
人間ドックというのを受けるのはたぶん初めてです。
結果は二週間後に出るのですが、サービスは良かったけど、とにかくいろいろありました。

・この年にして身長が0.9センチ伸びるww
これで大学を出てから全部で5センチ伸びたことにwなぜなんだしwww
・例によって(いつもそうなんです)採血に苦労され、いろいろとさされた_| ̄|○
・胃カメラは怖かったので、鎮静剤を盛ってもらったのだけど、普段メンタルの薬を飲み過ぎている(過ぎているわけではなくて処方されたぶんだけど)せいか、効かず「のどが痛い~~~」まあ、うげってならなかっただけましか…
・マンモグラフィ…お察し下さい…
・腹囲…お察しry
・初体験のMRI、ヘッドフォンから綺麗なクラシックが流れていやされるも、磁石の音がうるせ~~~~全然音楽きこえね~~~~!!!!
・サンドイッチもらった。まあお金払ったから当然かなwでも、食べない時間が長すぎて、食欲わきませんでしたゴメンナサイ。

初めて自分の体のポリープっていうのを見ましたが、可愛いもんですね。
まあそれもこれも老化なんだけどな!!!!
今日で東日本大震災から一年。

天皇陛下のことばを有り難く拝聴し、黙祷した。

思えば昨年のその時間、私は知らずに寝ていた。アメリカで。

知ったのは翌朝(日本ではその日の夜)である。
当時、娘が「おばあちゃんシック」の余り、毎日私の母とスカイプをしていたのだが、娘はそろそろ「行ってくるね」の挨拶だけになり、早く起きた私のほうが毎日いろいろな事を話すだけになっていた。

その日、地震のことを聞いたが、あの「群馬」が揺れた、時計が落ちた、ということに衝撃を受けた。群馬は地盤の固い土地である。今まで、関東大震災で「米俵が落ちた(私の祖母の談)」という話くらいしか聞いたことがない。
それがかなり揺れて家の外に両親とも飛び出したというのだから、相当大きかったのだろう。
と思ったが、まだ全貌を私は知らなかった。

その後CNNで流れたあの津波の映像を見て、全貌がやっと見えた気がして、心底恐ろしくなった。
だがまだ原発の事故のことを知らなかった。
知ったのは(その日から一週間?ほど続けられていた)24時間体制のNHKのUstreamのおかげである。

当時我が家は日本の新聞も取っていたが、NYで刷られて来るので、田舎の我が家までくるのに二日かかった。だから文字での情報は得られない。
ひたすら携帯(スマホだった)のユーストを見て、原発の事故が「たいしたことはない」という政府の情報を信じ(ほぼ盲信に近かった)、メルトダウンなどしていないことを信じた。CNNの報道を疑ってかかっていた。

翌日から現地での募金が始まった。
その後現地在住の日本人で集まる機会があったが、永住予定の方々のヒステリックな表情を見ていて、その後数ヶ月で帰国する自分は、「どうせ放射能にはさらされるんだし…」と、それとも違う気分でいた。

けれど、日本にその時いて、本震もながら余震の怖さ、停電、帰宅難民、食糧の不足、などを経験していたわけでもない私は、日本に住んでいた都内の人の体感すらできなかった。

一年ということで、さまざまな映像を見たが、やはり「怖い」「凄い」と思うことはできても、不安などを体感することはできない。それが日本人として本当に口惜しい。

私なりに、できることはやってきた。暗い東京も知らないし、本震がどの程度だったのか、未だ体験していないが、これからも、できることはやっていきたい。
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