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今日で東日本大震災から一年。

天皇陛下のことばを有り難く拝聴し、黙祷した。

思えば昨年のその時間、私は知らずに寝ていた。アメリカで。

知ったのは翌朝(日本ではその日の夜)である。
当時、娘が「おばあちゃんシック」の余り、毎日私の母とスカイプをしていたのだが、娘はそろそろ「行ってくるね」の挨拶だけになり、早く起きた私のほうが毎日いろいろな事を話すだけになっていた。

その日、地震のことを聞いたが、あの「群馬」が揺れた、時計が落ちた、ということに衝撃を受けた。群馬は地盤の固い土地である。今まで、関東大震災で「米俵が落ちた(私の祖母の談)」という話くらいしか聞いたことがない。
それがかなり揺れて家の外に両親とも飛び出したというのだから、相当大きかったのだろう。
と思ったが、まだ全貌を私は知らなかった。

その後CNNで流れたあの津波の映像を見て、全貌がやっと見えた気がして、心底恐ろしくなった。
だがまだ原発の事故のことを知らなかった。
知ったのは(その日から一週間?ほど続けられていた)24時間体制のNHKのUstreamのおかげである。

当時我が家は日本の新聞も取っていたが、NYで刷られて来るので、田舎の我が家までくるのに二日かかった。だから文字での情報は得られない。
ひたすら携帯(スマホだった)のユーストを見て、原発の事故が「たいしたことはない」という政府の情報を信じ(ほぼ盲信に近かった)、メルトダウンなどしていないことを信じた。CNNの報道を疑ってかかっていた。

翌日から現地での募金が始まった。
その後現地在住の日本人で集まる機会があったが、永住予定の方々のヒステリックな表情を見ていて、その後数ヶ月で帰国する自分は、「どうせ放射能にはさらされるんだし…」と、それとも違う気分でいた。

けれど、日本にその時いて、本震もながら余震の怖さ、停電、帰宅難民、食糧の不足、などを経験していたわけでもない私は、日本に住んでいた都内の人の体感すらできなかった。

一年ということで、さまざまな映像を見たが、やはり「怖い」「凄い」と思うことはできても、不安などを体感することはできない。それが日本人として本当に口惜しい。

私なりに、できることはやってきた。暗い東京も知らないし、本震がどの程度だったのか、未だ体験していないが、これからも、できることはやっていきたい。
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