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日本に帰ってきて一番最初に買ったのが、この本です。

『曲り角の日本語』水谷静夫

何しろこの方は私の恩師なのです。
ずいぶん前に(私が卒業してまもなく)退官してしまわれましたが、なんとこれが初の新書です。
本来なら日本からアメリカに取り寄せるべきだったのでしょうが、出版時期が微妙だったため、戻ってから購入することにしていました。

さて、この本、帯で筆者が笑っています。これだけでも私にはびっくり。
何しろこの先生は厳しいことで知られ、笑うことなど滅多になかったのですから。
そして開いてみてびっくり!本人も中で書いていますが、「現代仮名遣い」なのです。
私などはレポートを出すと、赤字しかも「歴史的仮名遣い」そして「漢字カナ(カタカナ)混じり」でダメだしをされて戻ってくるので、すっかり歴史的仮名遣いになれてしまって、口語でしかも現代仮名遣いなのに戸惑ってしまいました。

まあ、この本は岩波で開かれたセミナーを元に書かれた(というよりはテープ起こしが主?)ようなので、恩師「らしからぬ」文体なのも仕方ありません。


ざっと読んでみましたが、切れ味は恩師そのまま、しかしずいぶんマイルドだなあという感じでした。

他に読後感を書いている人がいないかと検索して読んでみましたが、「人をけなすのに閉口する」「第三章(文法論)が難しい」という意見が散見されました。

第三章には恩師の持論である、いわゆる「水谷文法」のほんの一部分(ここで「さわり」というと違う意味になるので使いません)が紹介してあるのですが、「詞」「辞」だの「入子構造」だの「述態句」だの「結合詞」だの「結び」だのは、大学時代に散々たたき込まれたもので、私にとってはむしろ「懐かしい」ものであり、「論理式がないだけ楽だよね~」といったところです。
でも、文法にはあまり興味がない人が、いわゆる「日本語でちょいとおかしいところがあるよね」的な、エッセイのなり損ないを想像して読み始めると、いきなり横書きの構文図があったりするので、戸惑うかもしれません。
また、学校文法や、言語学では神様と呼ばれるチョムスキーを貶しているので、生理的に拒否感を持つ人もいるかもしれません。


一般向けに書かれた本ですが、「若者の日本語はしょーがない。昔は良かった」というような、簡単な偏見の本だと思って読み始めると、裏切られます。
新書だと思って努々甘く見ませぬよう。
…といっても、私はこんなことを勉強していましたー!ということも含めて、多くの人に読んで欲しい気持ちで一杯です。


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「沈まぬ太陽」の「御巣鷹山編」だけ借りてきた。
どうしてかというと、これは私…というか我が家にも「他人事」ではないからである。

もう時効だと思うから書くが、父は警察官だった。
当時、私は大学一年で、帰省していた。
その日、飛行機が行方不明になって、父は帰宅しなかった。
群馬に落ちたのだった。
名前もついていない山で、便宜的に「御巣鷹の尾根」と呼ばれていた。
父は三日帰ってこなかった。
私や母や妹は、テレビや新聞から情報を得るしかなかった。

「沈まぬ太陽 御巣鷹山編」に出てくる、捜査本部の中心人物S氏は、実在の人物である。
のちに、「墜落遺体」という本を出した、同じく警察官だった人間がいるが、あの本では、彼自身が陣頭指揮を執ったように書いてあって、ちょっとどうかと思った。
実際に陣頭指揮を執ったのは、S警視である。父の同期であった。
同期のトップを走り、ノンキャリアにして警視監まで上り詰めた人物である。
しかしS氏はそののちも、黙して語らず、すでに永眠されてしまった。
「墜落遺体」の作者が陣頭指揮を執ったかのように世間に思われているのが忍びないと思ったのかどうなのか、そののちに当時の県警本部長がやはり手記を書き、暗に「墜落遺体」の間違いを指摘すると共に、S氏を偲んでいる。

父は、捜査畑ではなかったので、遺留品の管理などをしていたそうである。
そうである、というのは、父は捜査上の秘密を家族に漏らすような人間ではないので、母からあとで聞いた話なのだ。
それでも肉と卵が暫く食べられなかった話はよく聞いた。
また、私の親戚にも警察官が多かったので、みな御巣鷹の尾根に上って、「検死官」を勤め、大変だった。

(のちに私が就職した会社で、「あの事故のときは回線を引くので我が社も大変だった!」などと自慢されたが、私から見ればpgrである)

当時はいろんな裏話を聞いた。だが、日航の態度については情報が入ってこなかった。
あのパイロットさんの最後までの努力、乗っていた乗客の遺書など、あの事故は悲惨なものが多い。
これからゆっくり読もうと思うが、読むのに耐えられるか自信がない。

日本では映画が地上波放映されたそうなので、見た方もいらっしゃるだろう。
そこから小説に入る方もいらっしゃるかもしれない。
覚えている方は、あの暑かった夏を思い出して欲しい。
風化させてはいけない事件である。
ボストンの日本語図書館で「隣家延焼」を借りている。
それでナンシー関の発言(対談集なので)を読むと、改めてその慧眼に驚かされる。

・田村亮子は議員になる
まさか「田村で金、谷でも金、ママでも金、議員でも金をねらう→強制引退←今ココ」
になるとは思ってなかったでしょうけど。

それから、「河村隆一は時代劇を狙う。『眠狂四郎』がいいんじゃないか」
残念ながら河村の数倍上をゆく「Gackt」の存在により、河村は消滅しましたw
そしてガックンは本当に「市川雷蔵→田村正和」の系譜を継いで「眠狂四郎」やってます。
「家に滝がある」など、数々の伝説を残しているガックン、ぜひ採り上げてほしかったなあ。

そのほか、レンホーのその後とか、AKB48のこととか、いろいろ採り上げて欲しかったネタはあるけれど、一番は「森繁逝く」だよなあ。

森繁より先に逝っちゃだめだったよ!!!


別室(「賢く・明るく・強く 別室」)に、ボストン日本語学校の図書館にて、昭和47年発行のポプラ社「名探偵ホームズシリーズ(山中峯太郎訳)」発見、借りてきた、という話は書いた。
(山中ホームズの件はそのときに説明したので、ここでは省略する)

もったいなさすぎて、他に借りた宮部みゆきとか読んでいたのだが、今日は待ち時間に「悪魔の足」の最初だけ読んでみた。

「悪魔の足」は、ホームズが田舎で療養しているときに起きた話である。それは正しい。しかし、山中ホームズは、その前に「内科の権威なんとか先生に健康診断をしてもらえ!」というワトスンの命令に従って健康診断を受け、「心臓神経がやばい。血圧も高い云々」で、転地療養を命ぜられてしまうのである。

そんな話きいてねえよ。なんだそのなんたら先生っていうのは!しかもホームズって低血圧っぽいけど、高血圧なんだ…

そしてその後は「せ×むし」とか「気×違い」とか、今じゃ伏せ字にしなくちゃならないような言葉のオンパレード。
そして名文句「ヘボ探」である。

ヘボもなにも、「(民間)探偵」って言葉を作ったのはホームズさん、あーたじゃないのかい?

たぶん私は、小学生当時、この「ヘボ探」に閉口して、ルパンに走ってしまったんだと思う。だってルパンのほうがダンディでかっこいいもん。

というわけで、私をシャーロキアンにするのを20年ほど遅らせた山中ホームズの罪は重いがw、まじめにいえば、山中さんほどの人に訳を頼めるほど、当時のポプラ社はすごかったのである。絵だって、ホームズもワトスンも、もしかしたら明智小五郎も見分けつかないくらい、ハンサムだし。

もったいなくてまだちびちびとしか読んでないので、今週(明日)返すのはやめにして、来週返すことにする。

ところで乱歩賞の賞品ってホームズ像なんだそうだ。「はじめに」のところに書いてありました。
友人にメールを書いていて思い出したのでひとつ。

私は(前に書いたかもしれないが)梶井基次郎が好きだ。全集を持っている二人の作家のうちの一人でもある(もう一人は芥川龍之介)。
梶井基次郎が療養したという湯ヶ島に行ってみたくて、まだ子供が生まれるまえ、夫にせがんで連れて行ってもらったことがある。

湯ヶ島では梶井がいた同時期に川端康成が滞在していたという(というか、川端がいたから梶井がやってきたのであるが)「湯本館」というところに滞在した。
川端のいた部屋がまだそのまま残っていて、部屋の扉はふすま、トイレも部屋にないようなひなびた旅館であった。

帰りに、梶井基次郎の石碑を訪ねて、それから梶井がいた湯川屋に立ち寄った。
湯川屋で梶井の展示を見た。梶井の字はいい感じに崩れていて、手紙は詩のように美しいのが特徴である。石碑も手紙の一節だ。
それから湯川屋の主人だったかが書いた回想記を購入した。なんと最後の一冊だという。ちょっと運命を感じた。

その後それを大切にしていたが、今日友人へのメールでそのことを思い出し、ふと検索してみると、湯川屋はすでに廃業したという。あのとき展示してあった資料は大妻女子大に寄贈されたということだ。

…だから最後の一冊だったというわけだ。
梶井が滞在していたのは昭和の初期も初期だが、それにしても昭和がどんどん遠くなる。

梶井基次郎と湯ヶ島
宣伝です(・_-)-☆



ここによくコメントをくださるチェシャ猫さんの翻訳された本の完成です。
っていうかこういうお仕事してたって知らなかった私も私ですね(汗
スタートレックは全然わからないんですが(ごめん)、夫がたしか知っている
ようなので、今度おすすめしてみます。
「百年の誤読」という本を読んだことをきっかけに、島田清次郎の作品「地上」と、
その伝記「天才と狂人の間」を読んだ。

島田清次郎

ざっといえば、貧しい家に生まれ、作家になるという気持ちだけでがんばって作品をだしたが、もともと「俺は天才」みたいなことを言っていたのが、売れてしまってまわりも持ち上げてしまったので、ますます傲慢になり、あまりの傲慢さに周りが手を焼き、やがて女性スキャンダルを体のいい言い訳に、出版界から追い払われてしまう。
そして本人は落魄し狂人となり、保養院で死ぬ。

なかなか波乱万丈な人だ。
しかしこの人は面白いことに、私の興味のある人をかすっている。
まず売れていたころ、創刊された「文芸春秋」で散々陰口をたたかれた。創刊メンバーの一人が芥川龍之介である。
どういう風に芥川が彼を捉えていたのか、知りたい。

そして島田は売れて外遊するのだが、船の上で外交官の奥さんにキスをして、全ての外交官の間から嫌われる。
そんな中親しくしてくれた数少ない一人が、まだ売れる前のオペラ歌手・藤原義江(美男子)なのだが、その藤原を世に出したのが、ロンドンに外交官としていた時代の吉田茂。
そのロンドンの外交官時代に、吉田茂と白洲次郎は知り合っているのである。

保養院にはいってから、島田は「日本の三大将軍?」といわれた「葦原将軍」の侍従をしていたという。葦原将軍というのは誇大妄想を持つ老人で、自分は将軍であると称し、マスコミなどに対し「号令」を発するので、ネタに困るとマスコミは将軍詣でをしていたという話。

このかすり具合が、すごく私を刺激するのですね。

ちなみに「地上」は、(私は海外の小説は読まないのであれだが)本格的小説という感じのスケールの大きな小説…になりそうな話である(実際は第六部まであるが、見るに耐えないものらしい)。もう少しきちんと練っていて、本人に謙虚の心があれば、素晴らしい文豪になったのかも。
ネタは本人の体験から取ったもの。
同じくらいの本格小説と私が思っているのが、「楡家の人びと」なのだが、こういう大きな時代の流れと人間の不思議なつながりを感じさせる。

こういう楽しい発見があるから、読書はやめられない。
次回は尾崎翠に出会う予定。
先日、図書館で絵本「桃太郎」を借りてきました。
しかし、それは昭和前半の復刻。

恐ろしい挿絵つきなのです。

いやがる娘に無理やり読んで聞かせたところ、結構はまったらしく。

自分で作ってます!

曰く
「犬は○○をしました。猿は○○をしました。きじは何にも仕事をしません」
とか
「犬と猿がけんかをするので云々」とか。

あまりにおもしろいので、突っ込みをいれると「そんなことしてないもん!!桃太郎なんて好きじゃないもん!」
と絶叫する、超ツンデレ娘でした。

基本的に活字中毒なので、インターネットを含め、何か字を見ていないと気がすまない。
もし字を見たくなくなったら、それはうつ状態がかなり深刻であることを示す。

というバロメーターをもつ私だが、例の6冊買った「ポプラ社」の江戸川乱歩の作品のうち、上記を今回は読んだ(ちなみに就寝前に読むのが基本なれど、一晩で一冊読めてしまう)。

・ホームズの話が途中で出てくるが、「パン屋町チンピラ隊」…orz
もともとは「ベーカーストリートイレギュラーズ」なので、間違ってはいない。間違ってはいないが「パン屋町」…
・あとがきのあさのあつこが小学生時代にこのシリーズを読んでいない。
読んでいないのは自由なのだろうが、読んでなかったヤツに解説を書かせないでほしい。「あんなにずら~っとならんでいたのに、一冊も読んでないの??」と本気で脳みそを疑ってしまうから。

昨日図書館にて多量の本を入手したのでまた読みます。
あるとき、この本が並んでいたので、あわてて買った。
訳はわけがわからなかったので放置、とにかくDVDがあの「ホームズといえばこの人」と長らく言われたベイジル・ラズボーンの映画だったので、見た。

……アメリカ映画なんか嫌いだ。
なぜあの華麗な(スマートな)「六つのナポレオン」を、あんな怪奇ものにしてしまうのか。怪人が出てくる必要があるのか、謎。

アメリカ英語を必死にイギリス風にしているのもいやだったし。
ワトソンが前に出すぎているし。

でも、あとでジェレミー・ブレットが真似たかな?と思われる部分もあり…
私は先にブレットのホームズを見ちゃったから、断然そっち派だけど、それまでの人は
あのホームズがよかったのかもなあ。

それにしても日本が負け戦をがんばっているときに、あんなものを余裕で作っちゃうんだからな~そりゃ負けるよね。
チェシャ猫さん(そういえば、娘にアリス読ませました~)からの情報にあった、
ポプラ社文庫クラシックで出た、少年探偵団系の文庫です。



早速ながら注文。
でも、六冊しか出てないんですね……
それも、映画(金城武の)のためなんですね。
ほかは普通の文庫で読めということのようですが、さすがに全制覇はできないので、あとは図書館にお任せしようかな?
私は「怪人四十面相」が読みたかったんだけどな~
あと、遠藤平吉さんが不二子にほれる話は大人向けだっけか?
今「しょーわ♪しょわしょわしょわしょわしょーわ♪」(日めくりタイムトラベル:昭和59年)を見ていてびっくり!

いや、「グリコ森永事件」の年だったんですね。
スリラーと「おら東京さいぐだ」が流行った年。

で、その「グリコ~」で、当時は「ワープロ前夜」だったんでしょうかね?
(PCじゃないよ、ワープロ専用機だよん)
私も大学生になってから、最初は三行くらい表示のもの、
次に卒業論文用にもう少し表示されるものを買った覚えがあります。

じゃなかった。
そのワープロがないせいか、「和文タイプライター」で脅迫状が届きます。
「かい人21面相」から。

そこで、スタジオの人が聞いたんです「これ…怪人20面相から来てるんだけど、平成生まれのみんなは知らないよね?怪人20面相なんて?」

スタジオにいる、平成生まれのやつら、誰もしらねえ!!!


まじですか?

あんなものは小学校の図書室でシリーズで借りて全制覇するものじゃないの?
それとも「ゆとり乙」?

なんにしてもなぞ。ルパンなら知ってるのか?いやルパン三世(それもカリオストロ専門)になっちゃうのか?ホームズは??あ、ホームズは平成になってからドラマやってたな。
柳原白蓮さんの昭和3年に出された小説を図書館で借りました。
すると、どうも古書店から購入したものらしく、書き込みあり。

以下引用。

「(以下新字体に直します)実にくだらない薄ぺらい三文恋愛小説
読み終えてがつかり払つた金がもつたいない 三.一一.一二.つとむ記」

裏表紙の内側には
「3.11.12夜
高輪京浜ビルにて
吾が絶鬱云わん方なく
如何にせば忘れ得るかに迷ふ!
つとむ記!」

なんかつとむくん、失恋かなんかして興奮してるみたいです(笑)
感想は本じゃなくメモに書いてくれ。くだらないと思ったから売ったんだろうが。
柳原白蓮の伝記は二冊読んだが、やはり林真理子の「白蓮れんれん」が面白かった。
なんにせよ主人公にぜんぜん感情移入してない(笑)
ついでにいうと、かなりの量の宮崎龍介との書簡が見られたおかげで、先の記事の九條武子さんにも恋人がいたことがわかってしまった。

さて、その白蓮さんは、昭和42年2月22日まで生きた。
個人的にとても特別な日だがそれは措くとして、
その白蓮さんが、ある日特に親しくもない白洲正子さんに電話をかけてきたそうである。
ちなみに白洲正子さんは樺山伯爵のお嬢さんである。二人とも旧華族という間柄…といっても、白蓮さんのほうは、宮崎龍介と駆け落ちした時点で華族籍を剥奪されているし、この電話があったのは、戦後のお話。

で、白蓮さん、憤慨して言うには「今度の皇太子妃に決まった人って民間の出じゃないそれってどうよくぁwせdrftgyふじこlp;@!」
白洲正子さんは「そんなのもう関係ないでしょ」
で、白蓮さんてボランティアとかやってても所詮そういう思想の抜けない人だったのねー、というのが白洲正子さん(彼女もいろいろやったが、家事は一切できなかったそうだが)の感想だったそうだ。

その白洲正子さんのご主人が私の大好きな白洲次郎さんである。
そして白蓮さんがふじこってたのが、今の皇后陛下である。
彼女をご存知だろうか?「大正三美人」の一人に数えられ、西本願寺のお嬢さんで、九條男爵に嫁ぎ、でもロンドンから一人帰ってくることになって、仏教を基本にしたボランティア活動を行った人。歌人としても有名。

私は彼女を高校だかのときに知った。祖母の家に遊びに行くと、祖母が文庫本のようなものを読んでおり、「これは、昔、今で言う吉永小百合くらい美人で有名だった人の歌の本だ」と教えてくれたのである。当時吉永小百合はすでに私には遠いものだったのだが(笑)

その後、祖母も祖父も亡くなり、本は好きにしていいというのでいただいてきた一冊がこの歌集なのである。
祖母は本当によく勉強し本を読む人で、ごく高齢になっても百人一首は忘れないようにカードに書いていたくらいである。
その祖母がもう「おばあさん」になってから買ったもの。なんとなくありがたい気分になった。

さて、その九條武子であるが、映画になっている。
その名も「九條武子」。

1930年というから、本人の死後だと思うが、原作は本人と山中峯太郎。
山中氏は「九條武子夫人」という小説を書いているからだと思われる。
(ちなみに、私はこの本を図書館にリクエスト中。なんにしろあの「あああ僕はなんてへぼ探偵なんだ!」とホームズに叫ばせた山中氏であるから、どういう小説なのか楽しみでならない)

興味深いのは、脚本が「柳原白蓮」であることだ。

この人は同じく「大正三美人」の一人で、私から見ても一番きれいに見える。
大正天皇を生んだ「柳原愛子」の一族、柳原伯爵家の庶子として生まれ、北小路家に
嫁がされるもほどなく離婚、東洋英和で学んでいるときにどっかの総理大臣の地元であり先祖の「麻生鉱山」と並ぶ勢いの福岡の鉱山もちのなりあがり「伊藤伝右衛門」と結婚することになり、同時に歌人としてデビュー。「筑紫の女王」と呼ばれたが、大学生宮崎龍介と駆け落ちして(同時に朝日新聞に縁切り状を提出!)とっても有名になった人である。
ちなみに九條さんとは友達。
というわけで、たぶん脚本を書いたのだろう。

女優連は見てないが(あの人を演ずるのは相当なプレッシャーだろう)ぜひ一度見たい映画だ。現存するかは知らぬ。
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